混合列車 [記憶に残る鉄道情景] Railway Photos

客車と貨車がひとつの列車に編成される混合列車のように、個性豊かでちょっと懐かしい鉄道情景をご覧いただきたいと思います。

カテゴリ: 中国各地 China

 この日、承徳の専用線でやって来た列車は力行側で日中に4本で、当時としては標準的な運行状況でした。しかし、通常この専用線では建設型と上游型が共通で使用されていたのですが、この日はなぜか上游型のみで運転されており、終日、独特の甲高いブラスト音を響かせていまし ...

 熱水、葉柏寿と撮影をしてきたツアーもいよいよ最終日、上游形や建設形の3台運転が見られることで有名な、承徳製鉄所の専用線にやって来ました。朝から良い天気に恵まれて、気合いを入れて定番の俯瞰ポイントに向かいました。この地には珍しく結構な風が吹いています。今回 ...

 この日、葉柏寿での収穫は実質、変則三重連1本という結果になってしまいましたが、めげずに今回のツアー最後の目的地、承徳へ向かってバスは走ります。ところが建平の街を抜けてしばらく行くと、列車のものと見られる白煙が見えてきました。近づいてみるとそれは承徳方面へ ...

 まだ蒸機が結構残っているとの噂に誘き出されてやって来た葉赤線でしたが、いざ行ってみるとやって来るのは緑豚ばかりで、完璧に撃沈されてしまいました。午前中いっぱい粘ったのですが成果もなく、遂に諦めて建平の街へ戻って昼ご飯を食べることにしました。ところがバス ...

 熱水での撮影も無事に終わって赤峰で一泊し、翌日は早起きをして朝5時発のの快客610次で葉柏寿に向かいます。葉柏寿には、1996年のゴールデンウィークに訪問したことがあります。その後無煙化が進んだのですが、'97年の後半になって葉赤線では再度蒸機が増えているとの話で ...

 20世紀の中国蒸機撮影旅行の基本パターンは、成田を午前に出発して北京で夜行列車に乗り継ぐというものでした。今と違って東京から中国へ向かう空路は北京行きと上海行きしかなくて、東北部や内蒙古に行くのに効率の良いスケジュールを組める、北京行きの午前便は、ANA、JA ...

 東勝での撮影を終えて包頭へ戻る途中、ちょうど東勝と包頭の中間付近に位置する響沙湾に立ち寄りました。石炭トラックがガンガン走る恐ろしい国道をそれて少し走ると、正面に砂漠が見えてきます。ここは大きな段丘状の地形になっていて、国道が走る丘の上から見ると、黄河 ...

 素晴らしい撮影ができた1月2日の夜、大いに飲んで騒いで床に就きました。そして翌3日、もう撮影も最終日です。昨日同様夜明けの重車を撮って駅で今日のダイヤを聞いてみると、上りの貨物は昼に1本しかないとのことでビックリ、前進形3台運転が立て続けにやって来た昨日とは ...

 大豊作の一日、この日はなんと5本も前進形3台運転の貨物列車がやって来ました! かの有名な南岔でも3台運転は1日あたり最大で3本程度でしたから、訪問するまでは想像もしていなかった事態で、嬉しい悲鳴を上げてしまいました。そして、この日最後の前進形3台運転は、第1橋 ...

 昼過ぎにやって来たこの日4本目の3台運転、敖包溝駅の東勝寄りにある通称第1橋梁で迎え撃つことにしました。朝は逆光になってしまうこのポジションですが、昼頃になるとサイドに日が当たるようになり、良い光線状態で撮れるようになります。ちょうど橋梁の南西側に高台があ ...

 蒸気機関車が牽引する貨物列車のように、ゆっくりと走る列車の撮影では、望遠レンズを使った後にカメラを持ち替えて広角レンズでもう一丁、というような撮影をすることができます。もっとも、ゴツイ三脚に平行雲台というような重装備であれば、高速列車でも同様の撮影も可 ...

 敖包溝の駅の南方、第3橋梁のさらに先に位置する第4橋梁は、見渡すほどの長さがあって素晴らしく雄大でした。なかなかその全景を1枚の写真にまとめることが難しかった包神線の長大貨物列車ですが、これだけの長さがあれば後補機の前進型まで写し込めそうです。 そして10時 ...

 21世紀を目前にして前進形が3台運転をしていることが発見された包神線ですが、いかんせん編成が長すぎて写真にまとめるのには苦労させられました。 正月の2日は、日の出前に敖包溝駅の東勝寄りにある通称第2橋梁で前進重連のシルエットを撮りましたが、後補機までを一枚の ...

 前進型の3台運転が見られた包神線ですが、貨物列車のダイヤが日によって全く異なっていた集通線とは若干異なり、貨物列車にもおおよそのパターンはあるようでした。ガイドの話によると、どうやら日の出前に通過する上り貨物があるようなので、1月2日は早起きをしてまだ真っ ...

 包石線の建設型を2日間撮影して、包頭のホテルで新年を迎えました。 元日の朝、東勝へ向かうバスの中でこれから撮影する新線の概要の説明を受けました。前進型重連の貨物列車があると聞いていましたが、本当は後補機も付いた3台運転だということで、これは驚きでした。石 ...

 2日間撮影した包石線最後のカットはどこで撮ろうか考えたのですが、夕方でも日の当たる川辺りで待つことにしました。午後の上り貨物、昨日は15時半過ぎに来ましたから、ここなら綺麗な光が当たるだろうと考えてのことでした。ツアーの皆さんは思い思いの場所に散開しました ...

 午前中はおおよそ思い通りの写真が撮れたこの日、昼ご飯を食べて午後の撮影に臨みます。 午後の下り貨物は昨日も編成が短くて(機関車+貨車4輛+守車)、南西から北東方向に進む路線ゆえ光線状態も微妙で苦労しました。そこで今日は、できるだけ光が当たるようにサイドから撮 ...

 石拐を発車した後補機付きの貨物列車が白く凍結した川をバックにサミットへ向けた勾配に挑む! そんな姿を俯瞰できる素晴らしい撮影地です。この場所、じつは昨日の午後の上り貨物も撮りました。夕方の斜光線は魅力的でしたが、なにせ陽の低いこの季節、山や木の陰が微妙な ...

 包石線の朝の上り客車は光線状態も良く、後壩駅手前の橋りょうをサイドから撮るのが定番です。鉄道が渡る川はすっかり凍結していて、白く輝いています。これで雪でも積もっていれば最高だな、などと妄想を巡らせますが、もともと乾燥地帯で雪など降るのは年間に数えるほど ...

 12月30日の晩は包頭のホテルに泊まり、大晦日も引き続き包石線を撮影します。 昨日の撮影の結果、包石線のダイヤはかなり手強いことが分かりました。日の短いこの時期、早朝の下り客車はまだ真っ暗で、下り貨物ですら日が当たる場所は少ない。午前中の上り客車と貨物(後補 ...

 朝、石拐に向かった貨物列車は、石炭を積むと包頭に向けて戻ってきます。石炭を積んだ貨車は重いので、勾配を上るために後補機が付くそうです。当線のハイライトといえる運用でしょう。サミット近くのカーブと橋梁を見下ろす小山に陣取って構図を決めますが、何か変です。 ...

 内蒙古の包頭あたりに前進型重連が走っている新線がある、という噂が聞こえてきたのはこの年の夏頃のことでした。あの集通鉄路が開通したのが1995年の暮れで、マニアに発見されたのがその翌年でしたから、まだそんな新線があっても不思議ではない時代でした。そして年末に ...

 鶏西は炭鉱の街です。周辺には広範囲にわたって大小の炭鉱が散在していて、それらの炭鉱から国鉄の駅へ石炭を運ぶ専用線が縦横に張り巡らされていました。その様子は、日本の筑豊や夕張で石炭産業が華やかだった時代を偲ばせてくれます。私たちもそれらの専用線をいろいろ ...

 鶴崗で2日間撮影をした後、バスで最後の目的地、鶏西へ向かいました。途中、残念ながら運休中だった樺南を通過し、車窓から樺南の街を見ていると、リベンジしたいとの思いが募りました。樺南では運休が多く、非常に難しい場所であることなど当時はまだ知る由もありませんで ...

 鶴崗炭鉱の専用線では朝の通勤列車がメインターゲットになりますが、初日は僅かなタイミングの差で1本目の通勤列車を撮り逃がしてしまい、素晴らしい白煙を呆然と眺めることしかできませんでした。悔しい思いをしただけに、翌日は早起きをして朝食もそこそこに、まだ暗いう ...

 早朝、佳木斯で寝台列車を降りた我々は北に進路をとり、鶴崗炭鉱を目指します。今回のツアーは本来、綏棱で3日間チャーターのあと鶴崗1日、鶏西2日に加えて樺南のナローに2日間訪問するはずだったのですが、残念なことに樺南森林鉄道は炭鉱が稼働していないとのことで運休 ...

 楽しかった綏棱での3日間のチャーターもいよいよ大団円を迎えようとしています。中国東北部の冬は日が暮れるのがことのほか早く、昼ご飯を食べて間もなく、午後2時を過ぎるともう夕方の雰囲気になってきます。そして3時過ぎ、夕日がバックに入るカーブで最後の撮影をするこ ...

 綏棱森林鉄道のチャーター撮影の最終日、我らがチャーター列車は森を抜けて再び平地に戻ってきました。そして昼過ぎに木材の集積地と思われる駅に到着し、スタッフも我々もここでひと休みすることにしました。この駅、二日前も通ったはずなのですが今日は雰囲気が違います ...

 大晦日も林場で前日と同じオンドルの宿に泊まり、明けて2007年の元旦は林場から綏棱までのチャーター撮影です。朝、林場の様子を撮影してから列車は綏棱へと向かいます。 我らチャーター列車は林の中、いかにも森林鉄道というロケーションの中でフォトランを繰り返しなが ...

 現役の蒸気機関車が地球上からほぼ全滅してしまった今日、機関車をチャーターするというのは日常的に行われていますが、さんざん現役蒸機を撮ってきた身からすると、チャーター蒸機はどこか偽物臭い雰囲気がつきまとってしまうのも事実です。しかし、現役時代にはなかなか ...

 綏棱でのチャーター撮影の2日目も好天に恵まれ、撮影は順調に進みました。そうこうするうちに列車は凍結した川を渡る橋りょうにさしかかりました。ここでは当然列車を停めてフォトランを行います。線路は東西に走っているので、順光側で撮るか逆光側で撮るか悩むところなの ...

 綏棱から森林鉄道で一日かけて林場に向かい、到着したのはとっぷり日も暮れた夜でした。当然のことながら、外国人が泊るようなホテルがあるはずもなく、林場の招待所で2泊することになりました。町の食堂で簡素ながら楽しい夕食をすませて今宵の宿に向かいます。狭い部屋に ...

 綏棱森林鉄道の主役は、各地の森林鉄道でも多数が活躍していた牡丹江型のDLでした。詳しいスペックは知りませんが、軸配置はB-Bで立派な箱型ボディーです。なぜか片側運転台で終端駅ではデルタ線で方向転換する必要があります。このあたりの使い勝手は蒸機と同様なので実用 ...

 森林鉄道というと、日本国内の木曽や屋久島、また台湾の阿里山森林鉄道などの印象が強く、深い山の中の急勾配を苦闘する、というイメージがあるのですが、中国の森林鉄道は全く様相が異なります。一面の畑や湿地帯を車窓に見ながら、ひたすら大平原を走っていきます。山な ...

 明けましておめでとうございます  Happey New Year 2017年が皆さまにとって実り多い一年となることを祈念いたしまして、年頭のご挨拶とさせていただきます。あわせて、本年も小ブログをよろしくお願いいたします。 2017年 元旦 2006年当時、綏棱ではC2型蒸機はすでに現 ...

 中国は長年にわたって現役蒸機の宝庫としての地位をほしいままにしていましたが、2005年に集通鉄路の前進型が引退してしまうと、一挙に迫力がある撮影対象が少なくなってしまいました。そうなると誰もが考えるのがチャーターで蒸機を動かせないのかということです。2006年 ...

 1995年当時、黒竜江省の果ての南岔から北京へは一夜行では帰ることができず、途中でどこかへ寄り道することが必要でした。そこで我々は四平で夜行列車を降り、四梅線の石嶺付近で撮影をしました。あまり有名な撮影地ではありませんでしたが、石嶺-天徳-平崗の区間は天徳を ...

 中国の機関車の形式名はなかなか味があると思います。旧満鉄が軸配置から機械的に決めていたのを、「ミカイ」や「ミカロ」などを「解放」、「パシロ」などを「勝利」と、景気のよい名前に改め、現場の士気も大いに上がったのではないかと思います。改良形の機関車も「建設 ...

 以前にご紹介した南岔で当時唯一のDL牽引の旅客列車ですが、下り521次が南岔14:12発、上り522次が柳樹10:31発と素晴らしい時間帯にやってくるのが悩みの種でした。特に上りの旅客列車は、1本前の536次が柳樹6:42発で日の出前、1本後の534次が柳樹15:26発で既に暗くなってい ...

 当時の南烏線の貨物は大部分が伊春周辺で伐採した木材だったため、上りの貨物列車はみな木材を満載していましたが、下り列車はほとんどが空の無蓋車や長物車を連ねたものでした。このため、柳樹からの貨物列車は前2後1の3台運転も多かったのですが、南岔からの列車はほとん ...

 95年正月の初訪中時、当初は中衛のツアーに申し込んでいたのですが、電化ポールが立ってツアーが中止になり、旅行社の社長から代わりに南岔に行かないかと誘われました。聞きかじりの知識で「南岔って寒いんですよね?」と聞いたら、「うん、寒いよ!」との返事で、慌てて ...

 中国最北部に位置する黒竜江省は現在では穀倉地帯になっており米の生産が盛んですが、1990年代前半までは米は貴重品で、南岔賓館でも通常は雑穀のご飯がでてきました。しかし元旦だけは特別に白米のご飯がでてきて感激したものでした。しかし1990年代中頃以降黒竜江省の米 ...

 中国に蒸気機関車の写真を撮りに行くようになった当初、現地へ向かう列車でお世話になったのは東方紅3型が圧倒的に多かったような気がします。東北地区の優等列車は大抵この機関車が先頭に立っており、小ぶりな車体ながら20輛近い長編成の客車を軽々と牽引する姿は蒸気機関 ...

 南岔でお世話になった南岔賓館はなかなか凄いホテルでした。年数がたって建物が古びているのはいいとして、よく停電するのでロビーにも部屋にもロウソクが準備してあるのには驚かされました。また、風呂のお湯はまず出ません。共産党の偉い人が泊るときには修理するそうで ...

 前進型蒸機の3台運転が見られるという南岔まで、ハルビンから夜行列車で向います。話には聞いていましたが、当地の尋常ではない寒さは列車に乗っていても感じられます。窓は固く凍りつき、トイレでは濛濛と湯気が立ちこめます。そして、深夜の南岔駅に降りた途端に”ガッツ ...

 1992年に「大陸の煙」という写真集が高野、古谷両名の手により刊行されました。それまでは知る人ぞ知る存在だった中国の蒸気機関車を一躍メジャーにした記念碑的な写真集です。 国内の蒸気機関車が全廃となった1976年3月に私は小学生で、辛うじて室蘭本線や幌内線でその姿 ...

 雪晴れの熱水を満喫して、再び厳しい冷凍バスで次の目的地、承徳へ向かいます。そして承徳へ 素晴らしい1日の後は、次の目的地、承徳へ向けての楽しい(訳はない)バス旅行である。雪道を心配するHu氏は、朝6時出発を宣言した。 我等が冷凍バスは、車の中も外も凍りついて ...

 1997年に、吉林省敦化郊外の太平嶺で重蓮や重連後補機付きの列車が走っていると話題になりました。早速TPC(米国の航空地図で縮尺は50万分の1、google Mapsなどという便利なものはない時代、この航空機用の地図が唯一使える中国の地形図でした。)で探してみると、確かに太平 ...

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